「なりそこない」がちょうどいい!

シンプルで効率の良い生活について書いてるブログ。

食べる側の食べたい物と作る側の作るもの。これが一致しないと満足度は上がらない。

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毎食毎食満足して食べているだろうか?

食費の関係、時間の関係、付き合いの関係などで、

仕方なく食事をする機会もある。

一日に食事の回数は3回ある。

食の楽しみは大きい。

一日三回、毎食満足した食事ができる人生は

素晴らしいものじゃないだろうか?


今回のテーマ

 

食事の満足度

 

食事の満足にも色々あると思う。

例えば量。

ダイエット中だから好きな分量が食べれなかったり、

今時は聞かないが、

兄弟が多い家族はオカズの取り合いなどにもなる。

お腹いっぱい食べる事が満足度にもつながる事は間違いないだろう。

だが、何を食べるかは量よりももっと大事だ。


食事は食事であって、エサではない。

食事とエサの違いは何だろう?

生きていく上で仕方なく食べていればエサというのか?

人間が口にする物はどんなものでもエサと言わないのか?

エサは美味しくないのか?

高級キャットフードなど人間が口にしたら美味しい物もある。

これはエサだけどエサじゃないのか?


人間が食べる物をエサと言わない。

でも生きていく上で仕方なく、

満足いかない食事を反復的に行っていけば、

エサに近いものになる。

食事をエサにしてはいけない。

嗜み、楽しみ、糧にする。それが食事なのだと思う。

エサではなくても、この嗜み、楽しみ、

糧として食事が出来ているだろうか?


先日、家族と外食をする事になり、

子供の意見を取り入れようと子供にどこ行きたいか聞いたところ、

自分がまったく食べたくない料理になってしまった。

聞いたからには連れて行かないとと思ったが、

本当に自分の胃袋の気持ちに反するものだったので、

もう何も食べないで帰ろうかと思った


自分が食べたい物を食べれない時の空しさ、

これを満たす事で食事の満足度が上がるのだと思う。

安いや美味しいは別で、

「今、自分が食べたい物を食べれる」

これが大事なのだろう。

家に帰ってきて「今日は〇○か~そんな気分じゃないんだな」と

勝手なセリフを吐かれると思うが、それが満足度につながる。


要するに食事は食べる側の気持ちが大事になってくる。

だから外食は自分が食べたい物を選べるから幸福度も高く、

満足度も高い。

コンビニなどもそうだ。

行けば自分の好きな物選んで食べれる。

家庭の食事はそうはいかない。家計の関係もあるし、

家族が多いといちいち家族分料理を作る手間もある。


食事の満足度は思った物が口に入ったことにより上がる。

だが、あんまり食べる気はなかったのに、

口にしたら美味しかった、というケースもある。

これはこれで満足度が上がるわけだが、

こうなってくると思ってる物を口にしても

満足度が上がらない場合もある。

体調の関係もあるだろう。


体調で味が変わるものもある。

例えば夏場で汗かいた後、塩辛いものを食べると元気が出る。

夏に夏野菜。

冬に冬野菜などもそうかもしれない。

頭で食べたい物が浮かんでも体が求めているものが違う場合、

体が求めた物を食べたほうが満足度が上がるわけだ。

要するに本人ですら何が満足するかはわかってない


食べる側の食事の満足度を上げる事を考えて、

作る側は何を作ればいいのか?

食べる本人が解らないのに、作る側はもっとわからない。

出して「ちがうんだ」と言われ、

でも食事は生きていく上で大事だと言われ、

食事を作る人は本当に毎日毎日大変だ。


食事を作るうえでも食べる上でもよく聞く言葉がある。

「バランス良く」だ。

結局バランスよく食事を作るというのは健康面はもちろんの事、

満足度にも関わってくるのだ。

丼物、一品になって、

この丼物に魅力を感じなければ満足度は低いが、

小鉢が何皿かあって、

それが好みなら満足度は上がる。


バランスの良い食事は健康だけでなく、

「満足度」にもつながるんだ。

めんどくさがって、品数を減らしたりしていると

食べる側の満足度が減る。

外から帰ってきた人は家でしかご飯を食べないのだ。

食事作る人は大変だなと思うが、

責任が大きい仕事でもある。

やりがいのある仕事でもある。


とりあえずここまで!


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