「なりそこない」がちょうどいい!

シンプルで効率の良い生活について書いてるブログ。

認知症とミニマリズム。人は本能的にミニマリズムになる事もある。

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高齢の方とミニマリズムは、以外と相性が悪い。

自分の人生を終えるための活動

「終活」などにも「生前整理」という項目も入る。

この生前整理も誰でもうまくできる物ではなくて、

苦労する人の方が多いと思う。

それはやはり物を捨てれないという

気持ちが強い時代を生きてきたからなのか。


今回のテーマ

 

高齢化社会とミニマリズム

 

昔の人、

例えば戦後を生きてきた人は物がない時代で生活していた。

だからミニマリズムに近い生活を送っていたのではないか?

と言う人もいる。

昔は物がなくても生活できてたから、今だってできるはずと。

確かにそうだが、昔は無かったが、今の時代には存在する物も多い。


時代と共に技術発展し、

色んな便利な物が増え、量産化され、

手頃の価格で色んな物が揃う時代。

何も無かった時代の人達は物のある時代へと生活していった。

逆行して物のない生活へ戻る事はかなり難しいと思う。

僕ら若者は生まれた時から程度物が揃っていた。

だからミニマリズムという発想も出来るのだ。


いつ買ったか解らない物が部屋にある。

高齢者宅にあるよくある謎だ。

でもこの物は自分たちが生まれる前から合ったモノかもしれない。

必要最小限主義者的には「不要だから捨てればいい」となるが、

人には「理由はないけど感情はある」という事が多々ある。

解ってはいるけど出来ないとか。

だから捨てれない


物が捨てれない気持ちを解ってあげるのも

若いミニマル主義が高齢者に向けての優しさだと思う。

この優しさを無くして「捨てろ捨てろ」と発言してしまうから

ミニマルな生活は怖いイメージを持たれてしまう。

その捨てれない物にどれだけの思い入れがあるかは他人は知らないし、

理解出来ない感情なのだ


結局生前整理や高齢者の生活なども「本人が決める事」なのだ。

「本人が決める」という事は何も高齢者の人に向けてだけではなくて、

同居してる人にも言える。

必要最小限主義者が家族に

ミニマリズムを押し付けるのも

高齢者に生前整理をするように勧めるのとなんら変わらない。


高齢者とミニマリズム。

相性が悪いが、僕が思う

「これは人生最後に発生するミニマリズムではないだろうか?」

と思う事がある。

それは認知症だ。

今まで生きてきた記憶を忘れて行ってしまう病気。

良い事も悪い事も大事な人も忘れて行ってしまうが、

これは記憶を捨てて行くミニマリズムだと思っている。


人が生きる上で不思議な事が多い。

例えばハゲの人はなぜ側面と後頭部に髪が残るのか?

これは倒れた場合頭を守るために髪が残っているという説もある。

認知症も「死ぬことに対しての恐怖を忘れさせるために起きる病気」

とも言われている。

そう思うと認知症はゴールへ向かうための準備なのかもしれない


良い事も悪い事も嫌な人も大切な人も忘れてしまう認知症は、

これから人生のゴールに向かっての記憶の整理なのだ。

「あれもしたかったこれもしたかった」と

心残りに思ってゴールを迎える事もない。

本能的にミニマリズムになって行く。

そう思うと認知症になった本人としては幸せなことなのかもしれない。


とりあえずここまで!


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