「なりそこない」がちょうどいい!

シンプルで効率の良い生活について書いてるブログ。

キャッシュレス化で無くなる風習。もうあの頃の行動は昔の事になる?

キャッシュレスの勢いは
どこまで続くのだろうか?
2019年12月現在、
キャッシュレスポイント還元の影響もあるのか
盛り上がりつつあるが、
還元の期間を過ぎると
キャッシュレスを使うのを
辞める人もいると思う。
キャッシュレスは便利な時もあれば
不便な時があるのも事実。

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キャッシュレス化の行く末

 


キャッシュレスが不便に感じる時があるので
人はまだ完全キャッシュレスにならず、
現金を所持する。
言い方をすこし現金側の立場で言うと、
キャッシュレス機能よりも現金さえ
持って歩けばどうにかなるのだ。
老舗の美味しい和菓子も
キャッシュレスだと買えないかもしれないが
現金だと買える 


 現金のやり取りがこれから少なくなるだろうが、
完全キャッシュレスの世の中にならない限り、
現金を持ち続けるであろう。
現金というものが無くなると
色んな風習みたいなものも
無くなって行くだろう。
当たり前にやって来た事も無くなって行く。


例えばお年玉。
現金をお年玉袋に入れて
お正月に渡すあの風習は、
現金がなくなるとどうなるか?
スマホからスマホへ金額を移す?
プリペイドカードみたいなのを渡す?
お年玉袋の厚みで喜んだ
あの感覚はどちらにしても無くなりそうだ。


給食費などもまだ現金を袋に入れて
回収している学校もある。
給食費を銀行引き落としなどにすると
給食費を払わない人も出てくるようで、
ある種見せしめではないが、
誰もが給食費を出すように
現金収集をするというのも一つの手である。 


 キャッシュレスの利点の一つに
収支が明確になるというのがある。
いくらもらっていくら払ったかと
データに残るわけだ。
袖の下のお金がなくなる。
でも袖の下のお金が無くなると困る人もいる。
そういう人が果たして
キャッシュレス推進するだろうか?
袖の下にお金が入る人ってどんな人だろうか?


現金の強みの一つに、
現金でその場を解決できるというのがある。
示談金というのか。
和やかな話で例えると、
自転車で雨水に入り、
横に歩いていた人の服を汚してしまった。
こういった場合「クリーニング代」として
現金を渡す。
即決!これが現金の最大の強みだ


おつりでお金を数えている時に
「今、なん時だい?」
というやりとりも無くなるであろう。
大衆劇で役者へのおひねりも無くなる。
五円玉で作る縁起物もなくなるだろうし、
神社などのお賽銭もどうなるのであろうか?
思いついただけでこれだけある、
きっともっと色んな風習がなくなるだろう


札や硬貨の価値が形にならないので、
ワンコインランチ、センべろ、
3000円ポッキリ、
これらのフレーズも
少し弱く感じてしまうであろう。
お宮参りの風習で子供にお金を
ぶら下げるなんてところもある。
それも無くなるだろうな


造幣局などはキャッシュレス化によって
どうなっていくのだろうか?
使う事が少なくなる現金を
今までと同じ枚数作って行くのだろうか?
そんなことはないだろう。
そう考えると確実に世の中から現金の枚数が
減って行く。
こう考えると少し怖いぞ。


キャッシュレス化により
現金の枚数は減って行く。
そう考えるのは
間違いではないと思うが実際の所は解らない。
いつかの大型連休でATMのお金が
空っぽになるなんて話を聞いた。
これに似た現象は今後起きないのだろうか?


キャッシュレス化により、
貯金箱という存在も無くなって行くだろう。
貯金箱を作っている会社などは
これから大打撃を受けるのではないだろうか?
CDからデータで音楽を買う時代の様に
色んな業界にダメージが行くだろう。
時代の流れは少し残酷だ


子供のおこづかいってどうなるだろう?
子供が駄菓子でお菓子など買う場合、
キャッシュレス機能が使える媒体を
持つようになるのか?
ナナコとかパスモとか
そういう物を使っていく時代に
なって行くのか?
おつかいを頼むのも
めんどくさそうになりそうだ 


 きっとまだいっぱいあるであろう、
キャッシュレス化による風習の衰退。
便利になる方が多いのであろうが、
なんでも便利になるから
イイというのも少し寂しい。
そう思う僕は現金主義。
出来る限り現金をつかって行こうと思う。

貯まったビデオを消化する方法は、ビデオの電源をつける事から始まる

録画したビデオが
貯まってしまって
もうどうしようもなくなった
なんて事はないだろうか?
貯めていった結果手を付けれない
これはビデオに限らず
色んなところで実感する
貯まったものを消化するのは
難しい事だ

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録画数が多ければ、消化する事も気にしなくなる。

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貯まったもの消化の方法

物に限らずだ。
目に見えるもの見えない物、
楽しい事、嫌な事、
貯まってしまったのなら
消化するしかなく、
貯まらないように常に
消化するしかないのだ

 

貯まったら終わり?
もう手の付けようがないです。
なんてことはない。
少しずつでも消化すれば
それ以上は貯まる事はないのだ
何にしてもそうだ。
諦めずに消化していく。
それをするにはなかなかの
精神力が必要なのじゃないだろうか?


なぜたまったのか?
貯まったものを消化するに
なぜ精神力がいるか。
それは貯めた本人が一番わかる。
消化しようとしなかったからだ
理由は色々あるが、
消化する努力ができなかったから
貯まるものが増えるのだ。
消化するにはどっちにしても努力が必要


見たいビデオすら消化しがたい
そう思う事もあるだろう。
見たいと思って録画したビデオを
見るのにすごく抵抗がある。
それって本当に
見たい番組だったのだろうか?
そういう事もある。
必要じゃない物を貯めて
大事なものだと思ってることが


目に見えるものと見えない物
これらも必要と思っていて
実は必要じゃなかったなんて
あると思う。
必要だと思っていた工程だったり
必要だと思っていた道具。
必要だと思ってるだけで
実は必要ない。
そういう不要な事の消化方法もある


消化週間を作る
例えば貯まったビデオを
消化したいのであれば
そのビデオを消化する週間を作る
他の事はさておき
とりあえずたまったビデオを消化する
これ、精神衛生にすごく良い
なんせ消化しなければならない事が
スッキリ無くなるのだから


集中的に消化する事
これって大事じゃないだろうか?
もう貯まったんだから
集中的に消化する。
そうでもしないと焼け石に水
なんて事もあるし。
集中的にものを見てみると
実はいらなかったなんて
思うものもある。


目を背けずに見てみる。
貯まったもの二目を背けたら
それを消化する事は難しいし、
その時点でもう必要ない物なのだ。
存在を消せるという事は
自分に必要ない事。
今回は録画がたまったビデオで
話をしているが
それに似たようなものはないだろうか?


仕事もゼロにしてしまう。
仕事によるが、一度無かった事にして
一から仕事のシステムを
組み立て直す方法もある。
積み木の発想だ
一度潰してまた作る。
家事なんかその考えで
変わる事もある。
まずはやらなきゃを見つめなおす事。


貯めないシステム
これが一番大事だが
まずは貯まったものを消化する。
それにしてもシステムが必要。
貯めないようにしつつ
消化するシステム。
そんなことある?と思うだろうが
あると思う。
それは自分の生活をまず見つめなおさないと

おいしい話は舞い込んでこない。セールスの電話の対処法と判断方法。

我が家には家電、
家に固定電話を引いている
家が職場という事もあり
引いているのだが、
まぁセールスの電話などが多い
電話番号をホームページなどで
掲載しているからもあるが
まぁ多い。
そして会社名名乗らない人が多い

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おいしい話は舞い込んでこない

まぁ電話でかかってくる話は
「お得ですよ!」
と言う話。
お得な話が何で外から
舞い込んでくるのか?
おいしい話を何で
他人に勧めようとするのか?
おいしい話を持ち掛ける人がおいしいから


世のため人のため
僕はこれを軽々しく言う人が
一番信用できない。
そんな聖人みたいな人
そこらへんにゴロゴロいるわけない
そういって人を集めて
結局お金儲けに走るのだ
それを解らずにひょいひょい着いて行く
その人の気がしれない


全ての物を疑わなければ
いつか結局だまされる。
ミニマリストを意識して
無駄を省いていく過程で
結果として出たのは
余計な出費が多かったという事。
例えば勝手に口座から引き落とされる
色々なお金
これ見直すと結構大金になる


当たり前と思っていたお金
これが実は当たり前でなく、
言い方が悪いが騙されていた?
と思わざる得ないような
金額設定だったり、
余計な事にお金を払っている
そういう事が多いのだ。
何も考えずひょいひょい生きていると
知らない間に資金を吸われているのだ


セールスの電話を疑え
おいしい話なんて自分から
やってこないのだ。
自分から探してもないのに
なんで外からやってくる。
セールスの仕事をしている人には
悪かもしれないが
まず自分がおいしい思いを
出来るとは思ってはいけない


セールスの質
ここにも問題がある
当たり前のように馴れ馴れしく
語りかけ、
要らないです!と返答しても
でもですね。。と更に話かける
そしてなぜだかとにかく会いたがる
お伺いしたいと
本当においしい話でも疑わしい


金髪のセールスルマン
そんな人が来て
その人の何を信用して
その人の話を聞けばいいのか?
僕は古い人間なのか?
申し訳ないけどそういう人の話は
素直に聞けない
世の中色々な質が
落ちているような気がする


最初にビッグネームを出してくる
役所から、大手会社から
等と説明を最初にして
結局自分の会社名を名乗らない。
よくよく聞くと大して
ビックネームとの関連が無かったり
そういう電話がかかってきたら
まずはその人が何者なのか?
じっくり聞いてみるといい


お金持ちは絶対にセールスに乗らない
僕はそう思っている
セールスに乗らないから
お金持ちなのだとも思っている。
自分が何にお金を出していいのか?
何を節約すればいいのか
個人だが経営だ社長だ
その采配を間違えると
一生お金持ち、成功はできない


何でも役所に聞けばいい。
最近何でもわからない事は
役所に聞くようにしている。
少なからずそこらへんの
企業等より
信用はできる。
おいしい話はないにしても
失敗は少ない。
スマホに役所の番号登録を勧める。

私ミニマリストなんです。そう公表する事で実は生き辛くなってない?

自分がミニマルな生活を
おくる人だという事を
公表するべきだろうか?
そもそもなぜ、
自分がそうだと公表しなければ
ならないのだろうか?
わざわざ、他人に。
まずこういう事に悩んでいる時点で
「無駄」を所持しているのだ。
たとえ同じ考えの持ち主であっても
公表する事に無駄が多い。

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自分の生活を公表する理由

 


自分の生活スタイルを公表する事自体
無駄だと言ってしまえば、
もう話は終わってしまうので
もう少し言い方を変えてみる。
自分の生活がミニマルだと
公表してそれを公表された人は
どんな感情になるだろうか?
結婚するんです!
とかなら歓喜の気持ちになるが、
そうでないと微妙な気がする。


「私、必要最小限な物で生活をするんです」
聞いた相手は「あ、はぁ。。。」だ。
人の生活スタイルに興味がない。
むしろ「じゃ~○○は持ってないの?」
なんて話になり、
「いや、それは持ってます」って
なってしまうと
もう、そのやりとり自体が無駄である。
むしろ損である。


自分がミニマルな生活を
送っているという事を公表する理由はやはり
「自己満足」でしかない。
空っぽになった部屋を誰かに見てもらいたい。
だからSNSなどに空っぽの部屋を
「どうだ!」「一歩先行っただろ!」と
アップする。
そう思っているのは同じ考えの人だけだ。


必要最小限主義者は
そうじゃない人にとっては
少し理解し難い存在なのは、
当人たちはもうすでに
ヒシヒシと感じているだろう。
同じ思考の人たちであれば
共感し合えることもあるだろうが、
コレも実は所詮なぁなぁの付き合いと思う。


必要最小限な物で生活をする人たち
それぞれ持ち物が違う。
男性と女性でも持ち物は変わってくる。
男性にとってメイク道具は要らないし、
女性にとって髭剃りは要らない。
この時点で所持するものが
変わってきているのに、
必要最小限について
何を語り合うのだろうか?


結局自分が選んだもので
生活をするわけだから、
自分の生活スタイルなんて
公表しない方がいいに決まっている。
公表には損しかない。
「布団も捨てたんだ」
「卒業アルバム捨てたんだ」って人に
どう共感していいか
僕にすらわからない。


結局
「一歩先を行った生活をしてます」
という事を言いたいがために
ミニマルを公表するのであろう。
確かに一歩先を行っているかもしれないが、
普通の人にとっては
明後日の方向へ一歩進んでいる
という事になると思う。


ミニマルな生活を公表するな!
とは言ってない。
実は公表しない方が快適で
無駄がない生活を送れるのではないだろうか?
という話。
SNSで自分の空っぽの部屋を公表して
ヤジを飛ばされる。
そんな事は解っているだろう。
わざわざストレスを作る事が
無駄なのではないか?


ミニマルな生活を送るのが
少しブームになっている。
自分が「そうだ!」と公表したら
「あ~今流行りのね~」と
流行りものに乗っかったのね!
と言う感じで取られる場合もある。
もうカッコいいとかそういう物ではない。
公表に損しかなくなりつつある。


これからミニマルな生活を
送ろうとしている人は、
自分の周りの人には公表しない方が
いいだろう。
少なからず敵を作ってしまう可能性がある。
墓場まで持って行けという訳でなく、
「実はそうなんだよね」と言うくらいの
スタンスの方が自分が過ごしたい生活が
過ごせるはずだ。
まず敵を作る事が無駄


家族にもミニマルを公表しないでいいだろう。
黙って自分の物だけ整理するなり
捨てるなりすればいい。
その方が確実に相手からの
「文句」は減る。
肩書は人を差別する。
「○○だから」。
この一言に自分がストレスを
感じないのであればいいが、
ストレスを捨てる事、大事。


僕の考えだが、
真の必要最小限主義者は自分の事を
「何者でもない」
と思っているのではないかと思っている。
ただ単に「無駄な物所持しない人」
ただそれだけ。
自慢する事もなく、
公表する事もなく、
当たり前の中にそれがある人が
この世にはきっと存在するはずだ

ダイエットを成功させるコツは、痩せる方法ではなく理由が大事なのだ

ダイエットとは
生きる事と表現するくらい
幅が広くみんながみんあ
同じダイエットをしている訳でなく
同じ結果が出るわけでもない。
なのに何を参考にすればいいか
本当に参考にしていいか
悩むことも多い
本当に必要は情報は何か?

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ダイエットは方法じゃない

いろんなダイエット法があるが
NO1ダイエット法って
あんまり聞かない。
まぁ運動をするというのが
一番効果的なダイエットだが
続かない。みんなしない
楽なダイエットに走る
痩せる方法は実はみんな知っている


何で痩せる方法は知ってるのに
その方法を
実行しないのか?
それはやっぱり楽したいから
楽して痩せたいからだ
何で苦労して痩せないか?
それも簡単。
苦労するほど痩せたいと
本人が思っていないからだ


痩せたいとそれほど思ってない
ダイエットしてると言いながら
お菓子食べたり
運動しなかったり。
痩せる気はないだろう。
あるある!と言っても
痩せなきゃダメだと思ってない。
そういう気持ちだから痩せるどころか
太っていくのも事実


痩せなきゃ死ぬかも
そう思えば痩せると思う。
事実僕は体の不調があり
100キロ近くから10キロ以上
ダイエットに成功した。
不健康を意識すると
実はダイエットって進むのだ。
ギリギリの所にいないと
人は頑張らない


夏休みの宿題いつする?
夏休みギリギリにならないと
やらないタイプはずっと痩せない
だってダイエットに期限がないから。
結婚式だから痩せる!とかは
まだ目標があるので
頑張る気力も沸くだろうが、
慢性的ダイエットは
目標が無くなりだれる。


僕も全然痩せない。
10キロやせた理由は体調不調
でも10キロ痩せて正常になれば
それほどダイエットに追われない。
ダイエットはしているが、
もっと痩せなきゃと
言う感じではない。
なぜダイエットをしているか?
太って不調の体にならないようにだ


痩せる方法が大事じゃない。
痩せる理由が大事なのだ。
痩せた人にダイエット方法を
聞くのではなく、
痩せた理由を聞くことが
大事なのだ。
まずは方法ではなく、理由。
同じ理由の持ち主が
どういう方法で痩せたのかが大事


今ダイエットしてる理由は何?
もし夏であれば薄着になるから
そういってダイエットをするのも良い。
だがそういうって夏までに
ダイエットを成功してるだろうか?
してない人は太ったまま
薄着になっているはずだ。
それでいいから痩せないのだ。
太っていてもいいと思っているから


痩せる理由を探してみる
これ方法を探すより効果的。
何で痩せる?綺麗に見せるため?
だったら綺麗に見せる場所を
探してみるとか。
何キロ痩せれば自分に
ご褒美など。
まずは理由が大事だ。
無ければ作ればいい。


思考のダイエットから始める
何となくダイエットしようでは
モチベーションが上がらない
なぜ痩せるか?どのように痩せるか?
痩せてどうするか?
これらをハッキリさせなければ
ダイエットは成功しないだろう。
計画的、持続的、
これがダイエット成功の秘訣かも。

いかなる挑戦を受けなければ世界は小さい。視野を広げ世界を広げる。

「いつ何時、誰の挑戦でも受ける」
アントニオ猪木氏の言葉だ。
僕はプロレスラーでも格闘家でも、
スポーツをするわけでもなく、
寧ろインドアな人間だが、
この言葉は心のどこかにある。
なかなか自分で挑戦する事は難しい。
でも、やって来た挑戦は受けるつもりでいる。

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どんな挑戦でも受ける。

 


そう言ったが、
「じゃ~リングに上がってプロレスしろよ!」
と言われてもそれは違う。
いや、ひょっとしたら
そんな挑戦をしたら
リング上がるかもしれないが、
畑が違う。
僕の畑は何なのか?
ボクシングか?
柔道か?
僕の畑とは僕自身。
僕という競技での話だ。


誰にでも自分の中にルールがあったり、
負けない!勝ちたい!
という気持ちがあるはずだ。
その事に対しての挑戦は受ける。
もう少し欲を出せば、
少し異種であっても
「やってやろうじゃないか」
という気持ちがある。
簡単に言ってしまえば
アグレッシブに物事にチャレンジする事。


プロレスの話をしているわけじゃない。
挑戦というチャンスを
見過ごしていないだろうか?という話だ。
例えば、
今世間には色んなオフ会が開催されている。
「オフ会開催します」という挑戦から
逃げていないか?という話。
「行きたいけど。。。ちょっと。。」と
挑戦から逃げていると何も生まれない。


オフ会だけの話ではない。
誰かに食事に誘われたり、
趣味の会に誘われたり、
そういう挑戦がもし入り込んで来たら
受け入れるのはどうだろう?
自分の考えじゃない事が訪れる。
そんな機会って結構少ない。
挑戦を受ける事は未知な事を体験する事。


挑戦というからには勝たなければならない。
負け戦と解ってて挑戦を受けるとかは
何の意味のない事。
勝負には全部勝たないとダメだ。
挑戦を受けたからといって
ずっと昼寝しているバカはどこにもいない。
挑戦を受ければそれに対しての準備をする


よく考えてみて、
今何か誰かに挑戦されていないだろうか?
PTA、子供会、子供の習い事の役員を
頼まれたりしていないだろうか?
確かにめんどくさい。やりたくない。
すごくわかるが、これは挑戦なのだ。
挑まれているのだ。
そう思うとどこかやってやろうという
闘争心が湧いてこないだろうか?


飲食店に入って、
店員さんがオススメを勧めてきた。
これも挑戦だ。
挑戦を挑まれたのだ。
この挑戦に乗った先に何があるのか。
興味ないだろうか?
すごく美味しいかもしれないし、
すごくまずいかもしれないが、
マズければそれはそれでネタになる。
損しなければ勝ちだ。


僕は昔飲食店に入り、
大盛りを勧められれば有無を言わず
大盛りにしていた。
相手が僕の体格を見て挑んできたのだ。
大盛りを。ココで
「いや、普通でいいです」
なんて大男が言えるわけがない。
もちろん食べれる自信もある。
得意なジャンルは率先して挑戦を受ける。


誰にでも得意な物ってあるはずだ。
そのことに関して挑戦が来れば、
絶対に受けてほしい。
得意を出す機会なんて本当に少ない。
自分から披露するより、
誰かにお願いされたりする事はまた少ない。
挑戦だ。
挑まれているのだ。男女関係ない。
来た勝負は全部勝ちに行きたい

夕食はなぜ食べないとダメなのか?究極のダイエットは概念を捨てる。

新しいダイエット法を思いつき実行している。
ダイエットと言うが運動するとかじゃなくて、
考え方をスマートにした
と言った方が正しいか。
考え方をスマートにすれば
体型もスマートになるんじゃないだろうか?
そう思いついたのが
「夕食という概念を捨てる」

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食事という概念

 

概念という言葉を使ったが、
要は自分の頭の辞書の中に
「夕食」という物を無くしたのだ。
ただそれだけだ。
あとは普通の生活をするようにした。
ルールを決めたわけでもない。
「夕食」という概念、存在、定義を無くした。
ただそれだけ.


「夕食の概念を無くす」というのは
「夕食を食べない」を我慢すると言う訳じゃない。
自分の生活の中に夕食という
概念を無くしただけ。
ないのだ。
僕の生活に夕食がない。
ただそれだけだ。
何を言っているか解らないかもしれないが、
本当にただ、
僕の辞書に夕食を無くしただけだ。


毎日妻に、
「今日の夜ごはんどうする?」と
聞いてた僕に夕食の概念がなくなると、
この「今日のご飯何」と聞く事が
無くなるのだ。
だって僕には夕食の概念が無いから。
これには妻は大いに喜んでいる。
毎日聞かれるのも、
なかなかのストレスだったらしい。


夕食の概念が無いので、
もちろん夕食を食べない。
「夕食って何?」という状態だから。
でも「夕食を食べてはいけない」
という訳ではない。
夕方6時ごろに食卓に自分の好みの物が
置いてあれば食べる。
これは夕食ではない。
つまみ食いだ。
たまたまあった物を食べているだけだ。


決まった時間に夕食を食べるという、
この当たり前な事を疑問視して、
夕食の概念を無くした
と言ってもいいのかもしれない。
考え方次第だ。
「夕食食べない」
と考えるとどうしても食べたくなり、
我慢した感情も強くなる。
だから食べてもいいのだ。
ただそれは夕食ではない。


朝ごはんを食べてもいいし、
昼ご飯を食べてもいい。
おやつもいい。
ただ夕食という概念が無いだけ。
別に夕方にご飯食べてもいい。
外食行って食べてもいい。
それはただ単に普段より一食多いだけ。
そう考える事にした。


ここまで話して
僕が何を言っているか解らない人が
いるかもしれないが、
ただ夕食という概念を無くしただけ。
別の事に例えると、
タバコをやめた人。
タバコを所持するのを辞めれば
タバコは吸わないが、
誰かにもらって吸う事はOK。
これに似ているかもしれない。
明らかに本数が減る。


夕飯という生活で決まった事を無くした。
もちろん夕方お腹が減る。
でもそれも最初だけ。
食卓に置いてあるおかずをつついてもいい。
それはただ「おかずをつついている」だけ。
夕飯ではない。
こう考えるだけで明らかに
食事量は減っている。


ただ僕はなぜ「夕飯という概念」を
無くしたかというとダイエットのため。
やはりつまみ食いでも太るわけだ。
なぜつまみ食いをするか解るだろうか?
それは「両手が空いている」からだ。
手が使えれば食卓のオカズに手を出す。
じゃ両手が伸びない様にすればいい。


両手が使えるから口に食べ物を持って行く。
だったら両手を違う事に使えばいい。
そう考えて今僕はギターを弾いている。
「夕飯」として使っていた時間を
「趣味」の時間に変えたのだ。
夕食の時間って実は結構長い。
夕食の時間が無くなった分
有意義な時間も手に入る


夕飯という概念を無くして
一番喜んでいるのは妻だ。
我が家は夫婦子供の3人家族。
それぞれの好みを考えて
夕飯を作るのが大変だったが、
子供の分だけ考えればいいので楽らしい。
そう考えると
「夕飯」という概念を無くせば
いい事ばかりだ。


夕飯という概念を無くして、
体重は減ったのか?
答えは「減る」だ。
だってあからさまに食べる量が
減るわけだから、体重は落ちる。
でもここから先は僕の問題で、
減ると解ったら余裕が出てきてしまい、
つまみ食いが増えた。
だから現状体重はそれほど落ちていない。
もう少し試行錯誤が必要。

ストレスを感じないでLENEを利用する方法。なぜLINEを使う?

人間関係を減らそうとする。
それは簡単なようで難しい。
築き上げてきた物を壊すというのは
それはそれで労力を費やす。
ただ、労力を費やさないで壊せる人間関係は
大した人間関係ではないので、
バサバサ切り捨てて行って良い。
これが余計な人間関係の判断材料

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LINEは使いようなのです。LINE攻略本紹介。

 


人と付き合っていくのにも限度がある。


聖徳太子は一度に10人の人の会話を
聞きとったという。
聖徳太子の人付き合いのキャパを
10人とした場合、
自分はどれくらいのキャパなのだろうか?
同時に話を聞けるのが一人であれば
キャパは一人。
人付き合い排気量なるものがあると思う。


先日妻のスマホのホーム画面を見たのだが、
LINE通知が何十件もついたままだった。
要するに何十件もの着信を
見ていないという事になる。
見てないのか、見れないのかは別として、
その通知の必要度が低い訳だ。
だからすぐに見ないでも良い、
そうやって見ないで消していくのであろう。


携帯電話やインターネットの普及で
明らかに余計な人付き合いが増えた。
SNSなんかもそう。
もう誰が誰だかわからない
人付き合いをしている人がほとんどだろう。
500人フォローがいて、
その500人全員が自分の味方か?
そういえばそうではない。
アラを探すためにフォローをした人も要る


ミニマルなLINEの使い方を考えると、
実はLINEって使わない方が
ミニマルな生活を送れるのではないだろうか?
今LINEを使っている人は
なぜLINEを使っているのか?
少しよく考えてみよう。
「みんなが使っているから」という人が
多いんではないだろうか?


誰かと連絡取るならば、
メールで良いし、
お得情報とかなら今でもまだメールで来る。
なぜLINEを使うか、
それはみんなが使っていて、
自分だけその輪に入らないのが
不安だからLINEを活用するのだ。
自分の知らない所で
LINEグループで何言われるか解らないから
LINEをする。


LINEを使っている人を
世間の輪から外れるのが怖い臆病者だ
みたいな言い方をしているが、
自分もそうだ。
やはり連絡の届くスピードが
メールよりLINEの方が早い。
LINEの普及の理由はこれだと思う。
ただ、人付き合いを減らしていくと、
LINEの必要性ってなくなってくる。


僕が今LINEを使うのは妻とだけ。
たまに懐かしいグループLINEが盛り上がるが、
それほど大した内容で無く、
フェイスブックとかやってればそれで十分。
こちらから何してるのかな?と
覗かなければ情報が入ってこない。
これが実は非常に心にゆとりを覚える。


電話する事が少なくなった今。
電話の着信音が鳴るとドキ!っと
しないだろうか?
自分の間にいきなり
何とも言えない圧をかけてくる。
LINEだって同じだ。
自分の間に入ってくる情報は
絶対にストレスになっている。
そういう意味でもLINEの使う量を減らすと
何か変わるかもしれない。


LINEを使うなとは言っていない。
ただ、LINEがストレスにならないか?
という事だ。
僕は一件のLINE登録から来る
要らない通知すらストレスだ。
スマホのホーム画面に
通知一件あるのも何とかしたくなる。
そう思うのはやっぱり僕は
必要最小限主義だからなのか・・・

時間の組み立てや、計画を立てれない人は時間割システム復活を勧める

人生設計と言うと
すごく壮大な話になる。
自分の人生の計画を立てて
いつまでにいくら貯蓄をして
何歳までに結婚して
何人の子供に恵まれればと
これは非常に難しいが
計画する事は大事だと思う。
人生に限らずとりあえず一日を

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時間の組み立てができない

一日は24時間である。
何時に起きて、何時に出金
何時までに仕事を終わらせて
何時までに帰るなど、
生きていくうえでおよそだが
計画を立てて生活をしていると思うが
これがどうも苦手な人が
多いと思う。


時間を守るのは当たり前
だけど時間を守れない人もいる
わざとなの?と思うくらい
時間を読めない人もいる。
今○○にいるんですけど
あと10分で行きますと
電話予約する人もいる。
どう考えても30分かかるのに
時間計算ができない人もいる。


時間を読めないと迷惑になる
そういう発想がないと
時間を読む事もしないし、
読もうという努力もしない。
こういう人はずっと
誰かに迷惑をかけながら
生きていく事になるのだろう。
そんなことでいいの?と
言ってもその人の耳に届かない


計画を立てるのが下手な人へ
人に迷惑をかけないようにと
時間の計画をたててみるも
下手な人も多い。
人には得意不得意がある
それは仕方ないのだ
直そうと思っての直せない。
そういう場合は自分の苦手を
自分でサポートするしかないのだ


子供のころの時間割
懐かしい話だが、
学校には時間割と言うものがあって
それを見て明日の授業の
準備をしたりする。
小学校一年生から
始まる事だ。
こんな素晴らしいシステムを
なんで大人は利用しないのだろうか?


子供のころの昔のシステム
大人だから大丈夫と
使うことを辞めて
小学生以下の行動しか
出来なくなってないだろうか?
連絡帳なんてものもあった。
いわゆるメモ帳であり
スケジュール表でもある。
なぜこれらを使わなくなったのか?


素晴らしいシステムを使わない人
そういう人に限って
仕事を失敗したりする。
世の中にはメモ帳を取らないでも
仕事をこなせる人がいるが
ほんの一握りだ。
大体の人がメモなりしないと
仕事を失敗する
生きていく事を過信しているのだ


大人の時間割を作る
学生の頃は
算、国、理、社
とかであったが大人は大人の
教科というものがあるはずだ。
勉強だけではない。
例えばウォーキングとか
趣味の時間とか
時間割に取り入れてみればいいのだ


学校へ行く準備をするように
大人もやる事に対して準備する
ランドセルに教科書を入れるように
カバンに大事な書類を入れるのはもちろん
子供の時は宿題があった
大人だって宿題を作っても
いいのかもしれない。
今生きていることに精一杯でも
多少の宿題はこなせるはずだ。


結局時間の整理なのだ
出来ないと思ったことが
時間を整理して組み立てると
出来てくるのだ。
そんなこと無理でしょ、
一日24時間しかないのにと
言ってる間はやりたい事は
出来ないだろう。
本当に一日は24時間なのだろうか?

 

 

なぜカバンは沢山あるのに財布は使い分けせず一つしか持たないのか?

カバンはクローゼットに
溢れるほどあるのに
財布は一つしか持たない。
これに疑問を抱いた事は
ないだろうか?
僕は疑問に抱く。
財布も場所によって
カバンのように使い分けても
いいのではないか?と思っている

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財布というツールについて

財布とは何か?
もちろんお金を入れるツールだ
だが、お金にも色々ある
紙幣と硬貨はもちろん
紙幣にも4種類あり、
硬化は6種類ある。
ちゃんと入れる場所を整理してるか?

 

お金を整理して財布に入れる人はいない
これはなぜか?
お金は常に出入りするのだ
いちいち整理する事は
無駄に近いのか?
でもそう思っているから
いつの間にか財布の中身は
要らない物で増えて
いつの間にかパンパンになっているのでは?


ガンマンが銃をメンテするように
財布の中身も定期的に
メンテしてみてもいいかもしれない。
お金が整理できていないという状態は
きっと小銭が多くなっているとかだ
お金の出し方を考えるだけでも
財布はスマートになる
何でもかんでも
紙幣を出して買い物してないか?


年配の人のお金を出す特徴
年配の人は耳が遠くなり、
お会計の金額が解らない時がある
そんな時とりあえず
一万円を出すらしい
一万円で大体足りると
読んで出しているらしいが、
それだと細かいお金ばかり増える
その細かいお金はどこへいくのだろう?


財布を軽くする方法
そういってコンビニなどで
細かい小銭ばかりで
お会計をする人もたまに見かける
消してかっこいい物ではない。
結局横着して小銭を貯めたから
どこかで小銭を消化しなければ
ならない結果だ。
常日頃の意識でこれはなくなるのだ


財布の中身にお金以外
お金の整理だけでなく、
それ以外の物が財布に入っている
これってすごくおかしい事じゃないか?
便利だからってポイントカードを入れる。
でもそのポイントカードを
使わないお店まで持って行く事に。
しかも一枚じゃなく何枚も
それが入っているパンパンの財布


お金入れとカード入れを分ける
これしてる人意外と少ない
お金はお金で持てば
余計なカードを持って行かなくていい。
使う事がほとんどないポイントカードが
財布に入っている人は
大きなカバンを持って
常に中身がパンパンのイメージがある
全て一つで補おうするからだ


ひとつの物で補いきれてない。
だから財布もカバンも
パンパンになるのだ。
キャパを超えているのだ
それを自覚しなくてはいけない。
そして使い分ける事も大事だ
小銭を使い場所には小銭多く
それ以外は紙幣を所持して
軽く過ごそうという気がない人が多い


行く場所によって財布を変えてもいい
僕はそう思う。
コンビニ用、スーパー用
小銭を沢山使うゲームセンター用
そう分けてもいいと思う。
そしてカードが入れたいのであれば
そのカードが必要な財布を
用意してもいいと思う。
カバンと同じで使い分ける方法もある


自分の行動を把握しきれてない
一つの物でどこでも行く。
一つの財布、一つのカバン、
同じ服で同じ靴。
だからと言ってこれをやっている人が
ミニマリストか?と言われれば
そうは見えない。
ミニマリストと横着者は
紙一重なのかもしれない