「なりそこない」がちょうどいい!

シンプルで効率の良い生活について書いてるブログ。

子育てに悩んでいる。子育てが正解だったかどうかはいつわかるか?

にほんブログ村 にほんブログ村へ

子育て奮闘中の人が悩むことは

この子育て方法は合っているのか?

そう悩んでいる人は子育てに真剣に向き合っているのだろう。

何も考えず子育てしている人が実は危ないんじゃないか?

なんて思う。

子育てに正解が欲しいが、今回のテーマは

 

子育てに正解はない。

 

ない訳ですよ。正解は大人になってからの結果なのです。

「人の物を盗んではいけません。」「人を傷つけてはいけません」

などの教育は「法」の基での教育なので正解がありますが、

ぼんやりとしたところでの教育、子育てってあると思います。

例えば、子供を怒るタイミング、おもちゃをどのタイミングで片付けさせるか

どれぐらいの頻度で玩具を買ってあげるのか?習い事はどれくらい習わすのか

勉強よりも遊べ!なのか?遊ばないで勉強しない!なのか?


これらにズバ!っと答えがあれば、みんなそうやっているはず。

先ほど言った、「人の物を盗んではいけません」のように、

「子供を怒るタイミングはこのタイミングです」と言えるはずだ

だけど「子供を怒るタイミング」に答えはない


専門家によっての方法もあるだろうが、専門家もたくさん居て

専門家によって言う事も違ってくる。

結局は親、教育者が方法を選んでいかないとダメなのだ。

 

僕が思う事だが、

子育ての正解か不正解かの答え合わせは

親(自分)が死んだ時にできるんじゃないだろうか?


子育ては悩んでするものだ。

親にとって子供はいくつになっても子供だ。

70歳の親が、40歳の子供に教育することだってある。

親は子供より先に生きている。先に生きた、経験した分は

子供に教育として教えていかなければならない。

そう思うと

子育ての終わりも自分が死んだときに終わるものだと思う。

自分が死ぬまで子育てなのだ。


自分が死ぬ時に

「育ててくれてありがとう」

と言ってもらえれば子育ては正解で

「お前の子供だった事を恨むよ」

などと言われてしまえば子育ては失敗だ。


子育てに正解がないからと言って、好き勝手育てていいのかと言えば

そうではないと思う。

子供に毎度毎度いう事が変わると、子育ての正解不正解どころの話ではなく

親が支離滅裂な事を言っている、となる。


子育てには自分で決めたぶれないルールが必要だと思う。

一般的答えではなく、親としての方針をルールとして決めておく。

親が同じ事、ぶれない方針を言い続けていくと

子供のきっとわかってくれるはずだ。

親がフラフラと考えを変えて言いたい事を言うと子供が悩む。

親の気分で怒ったりするのもよくない。怒るタイミング、ルールも決めておく

「法」の基で「人を傷つけてはいけない」と教えあられる。

「親の法(ルール)」を基に「○○をしてはいけません」と教えてあげてもいいかもしれない。

子育てに正解はないのだから

自分でちゃんとした正解を作る。

子育てはそれでいいんではないだろうか?

子育てに悩むより、子育てにルールを設けてみよう

 

とりあえずここまで!


↓↓今日もクリックありがとう!

にほんブログ村 ライフスタイルブログ ミニマリスト志望へ

共感していただければ、下記にある

ブックマーク、Facebook、twitterによる

シェアよろしくお願いします。